7話 待ちに待った開業初日

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 足りないものだらけで不安に駆られながら、とうとうその日はやってきてしまいました。「もしいきなり麻酔処置が入ったらどうしよう?」「抗がん剤とか全然ないけど、いきなり腫瘍なんて来ないだろうな?」などと心配しつつ、期待に胸を膨らませて病院を開けました。

 さすがに最初からたくさんはこないだろうとは思っていましたが、本当に静かな開業でした。「一生で一度あるかないかのイベントが、こんなものでいいんだろうか?」どんどん不安になります。そんな時、駐車場に車が入ってきました。「やっと来たか」そう思って迎えに出ると、スーツ姿の男性がペットも連れずに1人。開業準備中からこういうことは度々あったのである程度慣れてはいましたが、案の定営業の方です。「お忙しい時に申し訳ありません。」(いや、全然忙しくないし。見たらわかるだろ?)開業後の焦っている時にはそこそこイラついてきます。開業直後の来客はその多くが営業の方ですので、暇つぶしに話を聞いてあげるのもいいかもしれません。

 そんな営業の相手にも飽きてきた時、とうとう犬を連れた方が現れました。しかもゴールデンです。自然と笑顔があふれてくる、そのまま「こんにちは~」とあいさつをしました。当然始めての方なので初診票を渡しながらちらっと犬の方を見ると、何か巨大なものがおしりのあたりにぶら下がっています。ハンドボールくらいはあるでしょうか。とても嫌な予感がしました。そして、書いていただいた初診票をみると、「15歳」。「1番最初のお客さんがこれか?」正直まともに道具もそろっていない開業したての病院で、高齢犬の巨大な腫瘍オペは重すぎます。せめて避妊・去勢から始めたかった、落胆の色を隠せないままとりあえず診察に入ります。話を聞いてみると、他院で12歳の時に精巣腫瘍と診断され、高齢だから様子をみようと言われてみていたらどんどん巨大になっていった、とのことでした。おそらくその先生もまさかゴールデンが15歳まで長生きするとは思ってなかったんでしょうね。少しだけ検討はしてみたものの、あまりにも怖すぎる、1件目のオペから大きめのリスクはしょいたくないので、もともとの病院に相談してもらうこととしました。そして売上は初診料の1000円。厳しいスタートです。

結局、初日はあと2件だけ軽めの診察があっただけ、売り上げも当然雀の涙でした。それでも楽観的な私は、「まあ大丈夫。今日が3件来たんだから、だんだん増えていくよ。ゼロじゃなくてよかった。」と、このあとに続く長い冬など、知る由もなかったのでした。

8話 患者の来ない動物病院 へ続く

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